研究内容Research
概要
核融合プラズマや太陽プラズマは非平衡開放系と呼ばれる状態にあり、その振る舞いは古典的拡散に従わない複雑なものとなります。これまでの研究で、プラズマの揺らぎが状態を決定するのに重要であることがわかってきました。一方で、これまでプラズマの揺らぎは、密度、温度、流速など実空間における揺らぎのパターン(いわゆる乱流)として扱われてきました。言い換えれば、プラズマの速度空間分布をマクスウェル分布であると仮定した研究が行われてきました。ところが、近年シミュレーション研究などで、速度空間分布のマクスウェル分布からのずれ(歪み)が、プラズマの振る舞いに大きな影響を及ぼすことが指摘され始めています。本研究では、速度空間ひずみの揺らぎを計測する装置を開発して、実空間の揺らぎ(乱流)と速度空間の揺らぎの両者を観測します。そして、揺らぎの研究を従来の「実空間」から「位相空間」へと拡張することで、プラズマ物理の未解決の謎を解きえる新しい研究パラダイムを探求します。

目的
これまでのプラズマの揺らぎの研究では、構成粒子の速度分布がマクスウェル分布であるという仮定に基づいた統計力学に沿い、プラズマの密度や温度の「実空間の揺らぎ」を対象としてきました。このために、レーザーやマイクロ波、分光装置など、様々な計測器が開発されてきました。速度分布関数をマクスウェル分布とみなすのは、高密度・低温度の、プラズマ衝突周波数が十分に高い領域では良い仮定となります。一方で、超高温の核融合炉プラズマや、低密度の宇宙・天体プラズマなどでは、速度分布関数が非マクスウェル分布になりうることが指摘されています。本研究では、この速度空間のひずみの揺らぎという新しい物理量の計測法の実証に初めて試みます。さらにそこから、「位相時空間の揺らぎの相関がもたらす輸送」という新しいパラダイムの構築を図り、プラズマ物理学の未解決問題に迫る新たな研究手法を確立することを、本研究の目的とします。

研究方法
プラズマ発生装置
2種類の大型プラズマ発生装置を使用して実験を行います。核融合科学研究所(NIFS)の大型ヘリカル装置(LHD)では、長時間安定なプラズマを保持できるという特徴を持ちます。現在は、1億2千万度を超える温度のプラズマを生成することができています。プラズマ生成実験は毎年約4ヶ月間行われ、令和4年度末までのプラズマ生成実験が予定されています。20年以上の運転実績を持つ実験装置であり、既設の計測システムを部分的に改良することで速やかに研究が開始できる状況にあります。量子科学技術研究開発機構(QST)のJT-60SA装置は、トカマク方式によるプラズマ閉じ込め装置で、令和2年に建設終了、初プラズマ点火に成功した最新鋭の大型実験装置です。本格的なプラズマ生成実験は令和5年度から開始される計測です。令和5年度までにLHDで開発した計測システムをJT-60SAに移設し、核融合炉心プラズマの計測を行います。

長時間安定にプラズマを保持できるヘリカル型磁場閉じ込め装置。令和4年度末までのプラズマ生成実験を予定している。

トカマク方式によるプラズマ閉じ込め装置。核融合臨界条件にアプローチする本格的なプラズマ生成実験は令和5年度から開始した。
計測システム
加熱用中性粒子ビームとバルクプラズマの荷電交換反応を利用した分校システムで、LHDのイオン温度や流速度の計測に用いられてきました。イオン衝突周波数を超えた高速計測を実現するため、分光器のF値改良、大口径化、検出器の高速化を行います。この高速化によって、数十キロヘルツの速度空間歪みの揺らぎを観測します。
A. 高速荷電交換分光システム(イオン速度分布関数計測)
電子の速度分布関数がマクスウェル分布になる場合、磁場強度と放射の周波数が1対1対応となります。電子の速度分布関数を計測するには、磁場強度の変化が小さい視線を選んで、磁場強度変化による放射の周波数広がりを最小にし、非マクスウェル成分による周波数の広がりを高周波数バンドの電子サイクロトロン放射強度測定システムで計測します。JT-60SA装置では、垂直方向の磁場強度がほぼ一定であるので、新たに垂直方向の視線を設置して、計測を行います。


B. 高周波数バンド電子サイクロトロン放射強度測定システム(電子速度分布関数計測)
電子の速度分布関数がマクスウェル分布になる場合、磁場強度と放射の周波数が1対1対応となります。電子の速度分布関数を計測するには、磁場強度の変化が小さい視線を選んで、磁場強度変化による放射の周波数広がりを最小にし、非マクスウェル成分による周波数の広がりを高周波数バンドの電子サイクロトロン放射強度測定システムで計測します。JT-60SA装置では、垂直方向の磁場強度がほぼ一定であるので、新たに垂直方向の視線を設置して、計測を行います。

理論・シミュレーションからのアプローチ
定常的な速度空間歪みに関する理論・シミュレーションは、古くから研究されています。ところが、歪みの揺らぎに注目した理論・シミュレーションはほとんど着手されていませんでした。本研究では、速度空間歪みの揺らぎの理論モデルを構築し、実験・観測との比較ができるシミュレーションコードを開発します。実験・観測と理論・シミュレーションを組み合わせることで、位相空間の揺らぎと輸送物理の理解を進めます。
